「ロシアからまた若者が国外脱出しているって本当?」「ガソリン不足はどれほど深刻なの?」——そんな疑問をお持ちの方へ。2026年10月14日放送のNHK「クローズアップ現代」は、戦争が市民の暮らしに迫ったロシアの今を、独自取材で伝えました。この記事では、番組の内容と専門家の解説をもとに、出国の背景から選挙の実態までを整理します。読み終えるころには、ロシア関連のニュースの見え方が変わるはずです。
クローズアップ現代が伝えたロシア国外脱出の新たな波|相談は3か月で8倍に
ウクライナへの侵攻から4年半。ロシアでいま、「国を出たい」という声が再び強まっています。
番組によれば、ロシア人の移住を支援する団体「Kovcheg(コフチェグ、ロシア語で「箱舟」の意味)」には6月から相談が急増し、8月の相談件数は3か月前の8倍以上に達しました。
注目したいのは、出国を考える人の「顔ぶれ」の変化です。侵攻が始まった2022年にも国外脱出が急増しましたが、団体の創設者アナスタシア・ブラコワさんは、当時の出国ラッシュは反戦などイデオロギーが理由だったと振り返ります。それに対して今回は、ロシアに将来性を見いだせない若者が多いといいます。
これはかなり重い変化だと私は感じました。思想的な理由で国を出る人は、ある意味で「覚悟を決めた少数派」です。一方で、政治に強い関心がなかった若者まで将来に見切りをつけ始めたとすれば、社会の土台そのものが揺らいでいるサインといえるのではないでしょうか。
19歳はなぜロシアを出たのか|追加動員の噂と電子化された召集令状
番組が取材したのは、今年8月にスペインへ移住し、難民申請をしているクリスチャンさん(19歳)です。
彼はもともと、ロシアが間違っていると分かっていながらも、「自分の心を守るため」に戦争を日常から追い出していたと語ります。ところが、ロシア南部の故郷がウクライナのドローン攻撃を頻繁に受けるようになり、7月30日には空襲警報が6回も鳴りました。
決定打となったのが、追加動員の噂です。侵攻が長期化してロシア兵の死傷者が増え続けるなか、再び動員が行われるのではないかという噂が広がりました。クリスチャンさんは、動員が始まれば若者に真っ先に召集令状が届くと考え、出国を決めたといいます。
大阪大学大学院の鳥飼将雅准教授は、動員への不安が強まる背景として制度の変化を挙げました。2022年9月の動員では、紙の召集令状を受け取ることで召集されたことになっていました。しかし2023年からは令状が電子化され、紙を受け取らなくても召集扱いとなれば、出国制限などがすぐにかかる仕組みになったのです。

「逃げる時間すら与えられないかもしれない」。若者が先回りして国を出る理由が、この制度の変化によく表れていると思います。
ウクライナの長距離攻撃で戦争が身近に|ロシアの物流被害は6500億円超
ロシア国内では長らく、プーチン大統領が「特別軍事作戦」と呼ぶ戦争の実態が広く伝えられず、市民には実感しにくいものでした。その状況を一変させたのが、ウクライナが今年に入って本格化させた長距離攻撃です。ゼレンスキー大統領はこれを「制裁」と呼んでいます。
番組によれば、物流企業の被害は6500億円以上にのぼります。大手ネット通販企業の倉庫も標的となり、そのサービスで子ども服を販売していたガリーナ・ボロジビドさんは、在庫の9割、金額にして4500万円近くを失いました。
攻撃の範囲は、石油精製施設やガス関連施設など今年だけで延べ100か所以上に及び、3000キロ離れた北極圏のエネルギー施設にまで達したといいます。
なお、ウクライナ側の被害も甚大です。番組によれば、ウクライナではこれまでに兵士5万5000人以上、民間人も少なくとも1万5000人が亡くなっています。「遠い戦場の話」だった戦争が、ようやくロシア市民の生活にも痛みとして届き始めた——番組はその転換点を描いていました。
ロシアのガソリン不足の実態|生産は通常の3割未満、「ガソリンツーリズム」も
長距離攻撃のなかでも、市民生活に最も大きな影響を与えたのが燃料関連施設への攻撃です。
ロシア国外から独自に調査を続ける経済アナリストのシリャエフさんは、公開情報や秘密裏に寄せられた情報をもとに分析し、9月の段階でガソリンの生産量が通常の3割に満たないと推定しています。
ガソリンスタンドには一時、長い行列ができ、順番をめぐって怒鳴り合う人々の姿も映し出されました。さらに、隣国カザフスタンまで給油に行く人も現れています。携行缶を持参して複数のスタンドをはしごする動きは「ガソリンツーリズム」と呼ばれているそうです。

シリャエフさんは、物流は社会システム存続の基盤であり、ガソリンやディーゼルがなくなれば社会が完全に止まり、プーチン氏の指示さえ実行できなくなると指摘しました。世界有数の産油国が隣国にガソリンを買いに行く。この光景ほど、戦争の皮肉を物語るものはないかもしれません。
鳥飼将雅准教授が読み解く厭戦ムード|和平交渉58%でも「敗北は譲れない」
市民の不満はガソリンだけではありません。鳥飼准教授は、物価上昇やドローン攻撃の危険に加え、ネット規制の強化が不満に直結していると解説しました。2025年ごろからアクセスできないサイトが増え、政権はWhatsAppやTelegramから国産メッセージアプリ「MAX」への乗り換えを進めているといいます。
番組で紹介された世論調査では、「軍事行動を続けるべき」が33%だったのに対し、「和平交渉を始めるべき」は58%に達しました。鳥飼准教授によると、開戦当初から和平派の方が多かったものの、2025年1月ごろからその差が大きく広がっているそうです。
ただし、ここが見落とせないポイントです。ロシアの敗北や、占領地を返したうえでの終戦は受け入れられないと答える人が今も多数派だといいます。つまり多くの市民の本音は「停戦はしてほしいが、ロシアの勝利は譲れない」というものです。
厭戦ムードがあっても、それがそのまま「反戦」にはつながらない。この複雑な国民感情を理解しておかないと、ロシアの今は見誤ってしまうと感じました。
プーチン氏は「おじいちゃん」に|ロシアのエリート層とクルスク州に広がる不満
変化は政権を支える層にも及んでいます。かつてロシア中央銀行の顧問を務め、現在はドイツに拠点を移しているアレクサンドラ・プロコペンコさんは、国内のエリート層への聞き取りを続けています。
彼女によると、以前はプーチン氏を「上司」「ボス」と呼んでいた人々が、今では「おじいちゃん」と敬意のない呼び方をするようになったそうです。不満はまだ表に出ていないものの、煮えたぎる鍋の蓋が持ち上がろうとしている状態だと表現しました。
鳥飼准教授も、もともとエリートの中で戦争に積極的だった人は少なく、経済エリートほど戦争と制裁で富や成長の機会を失い、水面下で不満をためていると分析しています。
ウクライナと国境を接するクルスク州では、当局の発表で民間人640人が亡くなっています。避難所で暮らす住民は、カメラの前で「怖がり続けることに疲れてしまった」と語りました。権力の中枢と国境の町、その両方で「疲れ」が広がっている点が印象的です。
下院選でヤブロコ排除|国外脱出した反戦派にも広がる無力感
こうした不満の受け皿になると見られていたのが、ロシアの政党で唯一反戦を訴える野党・ヤブロコでした。
しかし、侵攻後初となった下院選挙(2026年9月18〜20日投票)の1か月前、ヤブロコは知的財産権の侵害などを理由に比例代表のリストから除外され、候補者の擁立を選挙区のみに制限されます。モスクワ支部長のキリル・ゴンチャロフさんは、支持者が若者から高齢者まで広がったからこそ排除されたと語りました。結果は与党・統一ロシアが定数450のうち349議席と、全議席の4分の3以上を獲得して圧勝。ヤブロコの当選者はゼロでした。
国外で反戦を訴える人々も苦しい立場にあります。元国営テレビのキャスターで、現在はパリで登録者100万人のネット番組に出演するジャンナ・アガラコワさんによると、2年前の大統領選では雨の中でも約1000人が「反プーチンの正午」に集まりました。しかし今回は列ができず、「結果は決まっていて何も変わらない」という無力感が広がっていたといいます。
一方、東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授は衛星写真の分析から、ロシア南部の航空基地で新たに16の格納庫が建設されていることを指摘しました。コストをかけてでも戦争を続ける姿勢がうかがえます。
まとめ|クローズアップ現代が映したロシアの国外脱出とガソリン不足の行方
今回の「クローズアップ現代」から見えてきたポイントを整理します。
- ロシア国外脱出の相談は3か月で8倍以上に増え、中心は将来に希望を持てない若者
- 追加動員の噂と召集令状の電子化が、出国の決断を後押ししている
- 長距離攻撃でガソリン生産は通常の3割未満と推定され、「ガソリンツーリズム」まで発生
- 和平交渉を望む声は58%に達する一方、「敗北は譲れない」が多数派
- ヤブロコは選挙から締め出され、反戦派には無力感が広がる
鳥飼准教授は、1990年代の混乱を経験した国民が今も安定を求めていると指摘しました。そのうえで、選挙の圧勝を受けて、ロシアとウクライナが互いに妥協できない状況はなかなか崩れないとの見方を示しています。
ウクライナでは今年8月までに民間人2222人が亡くなり、攻撃は今も続いています。番組の最後、アガラコワさんが選挙翌日のトップニュースにあえてロシアによるウクライナ攻撃を選んだ姿は、「真実を伝え続けること」の意味を静かに問いかけていました。体制は盤石に見えても、その足元では確かに何かが変わり始めている——そう感じさせる30分でした。
※ 本記事は、2026年10月14日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。


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