毎年の猛暑で「職場の熱中症」が過去最多を更新し続けています。対策が義務化されたのに、なぜ「暑いけど休めない」現場が後を絶たないのでしょうか。この記事では、2026年7月7日放送のクローズアップ現代をもとに、現場で熱中症対策が形だけになる理由と、命を守るための新しい考え方をわかりやすく整理します。読み終えるころには、酷暑時代の働き方を支える視点がきっと見えてきます。
職場の熱中症が過去最多に「暑いけど休めない」現場の実態
いま、夏の暑さは命に関わるレベルに達しています。番組では、東京の過去15年について、6月から9月の日中のうち熱中症警戒アラートで「危険」「厳重警戒」となった時間を可視化していました。その割合はこの10年で2倍に増え、最新では実に50%にまで及んでいます。日中の半分が「危険」な暑さという環境で、屋外で働く人たちが最前線に立たされているのです。
その厳しさを物語るのが、警備会社に勤める50代男性の経験です。かつて8月11日、気温35度を超える猛暑日に駐車場の交通整理を担当していたところ、わずか30分ほどで体の火照りを感じ、足元には汗が水たまりのように広がっていたといいます。それでも「持ち場を離れてはならない」「交代要員もいない」と考えて仕事を続け、5時間後、視界がゆらめいて後頭部から倒れ込み、救急搬送されました。診断は重度の熱中症。数年経った今も、日常的なめまいの後遺症に苦しんでいます。
筆者が胸を突かれたのは、この男性の「1駒じゃないんですよ。人間やから」という言葉でした。会社からは気温を測る道具も、休むようにという指示もなかったといいます。個人の頑張りや我慢に安全を委ねる体制そのものが、すでに限界を迎えているのだと感じます。
熱中症対策が義務化されたのに現場で守られない理由
こうした事態を受けて、国も動いています。2025年6月1日には労働安全衛生規則が改正・施行され、WBGT(暑さ指数)28度以上、または気温31度以上の環境で一定時間を超える作業について、体制整備・手順作成・関係者への周知が事業者に義務づけられました。さらに2026年3月18日には「職場における熱中症防止のためのガイドライン」が策定され、対策の重点が「早期発見と対処」から「発症そのものを抑える」方向へと一段広がっています。
制度は着実に前進しています。しかし番組の取材からは、対策が形ばかりになってしまう現場も少なくない実態が浮かび上がりました。高速道路の工事現場で働く二次受け企業の社員は、暑さ指数の計測器が配られていても「アラームが鳴っても休みますとは言えない」と打ち明けます。
その最大の理由が「工期」です。工期を決めるのは発注者であり、受注する側が作業を止める判断を下すのは容易ではありません。夏で作業量が落ちても納期は動かないため、「終わらなければ次に渡せない、渡さなければ終わるまでやるしかない」という構図に追い込まれてしまうのです。義務化という言葉の力強さと、現場で守れない現実との落差こそが、この問題の核心だと言えるでしょう。
暑さ指数(WBGT)で命を守る ゼネコンの最新熱中症対策
一方で、踏み込んだ対策に取り組む企業も現れています。ある大手ゼネコンが導入したのは、温度を0度まで下げられる冷凍車の休憩スペースでした。氷の入ったジュースを無料で配り、現場ごとに数百万円規模の予算を組んで、さまざまな対策を講じています。

中でも力を入れているのが、暑さ指数(WBGT)をリアルタイムで計測し、その数値に基づいて作業を管理する仕組みです。具体的には、暑さ指数が27以上なら50分の作業ごとに10分以上の休憩、31以上で一人での休憩を禁止、33以上になると作業中止を呼びかけます。さらに作業員が腕に装着したデバイスで脈拍など個人の体調も把握し、「続けるべきか」を現場の感覚任せにせず、客観的な数値で判断しているのです。
この方針の背景には、暑さのつらさは自覚しづらいという科学的な知見があります。ガイドライン策定に関わった研究者の齊藤宏之さん(労働安全衛生総合研究所 健康研究領域長)は、人は体の内部の温度が上がったことを直接感じ取れないため、暑さ指数が高くなったら強制的に休ませる予防的な仕組みが最も大事だと指摘します。「決められることで休んでいいと思える」という作業員の声が、この取り組みの本質をよく表していると感じました。
「休めない」を生む工期と下請けの負担という現実
進んだ対策がある一方で、そのコストが現場の経営を圧迫している現実も見逃せません。ゼネコンの二次受け企業を経営する後藤満夫さんは、3人の社員とともに現場を回りながら、対策費の重さを実感している一人です。
コンビニで買う氷は1日800円ほど、2現場を回れば1600円が毎日かかります。1着数万円のファン付き作業服も欠かせません。とりわけ重くのしかかるのが人件費で、夏場は社員に十分な休憩を取らせるために要員を2割ほど増やす必要があります。ところが請け負い単価は夏も冬も同じで、増えた人件費は後藤さんの会社が自腹で負担してきました。
さらに深刻なのは、元請けに追加費用を交渉しづらいという関係性です。追加を請求すれば「なら別の会社に回そうか」と切られかねない――そんな怖さがあると後藤さんは語ります。結局この会社は、従業員のボーナスを削って応援を呼んできました。必要な対策を進めるほど利益が削られていく。この矛盾を、下請け構造の末端が一身に引き受けている点にこそ、問題の根深さがあると筆者は考えます。
堀江正知さんが提唱する「夏価格」「夏の期」という考え方
では、この負担をどう分かち合えばよいのでしょうか。番組でその手がかりを示したのが、国の検討会で座長を務めた堀江正知さん(産業医科大学 学長)です。
堀江さんが提案するのが「夏の期(なつのき)」と「夏価格」という考え方です。これからは想定外の暑さが起こり得るため、暑さを見越した工期を設定し(=夏の期)、熱中症対策を含めた価格を契約に反映する(=夏価格)べきだという発想です。ファン付き作業服や休憩中の人件費といった費用は、削れるコストではなく「働く人の命と健康を守るために必要なコスト」として捉え直す必要がある、と堀江さんは訴えます。
実際、国もこの方向に動き始めています。ある国発注の道路工事では、夏の3か月間を休工にして完成を3か月延ばす契約を結び、工期の遅れを許容してでも労働者の健康を守る考え方を採り入れました。課題は休工期間中の収入減ですが、国はその一部をカバーできる仕組みの構築も検討しています。海外に目を向ければ、フランスでは2年前、一定基準以上の暑さで建設現場を休業でき、休んだ分の給料の8割程度を建設業界の基金から補償する制度が設けられました。
堀江さんは、ILO(国際労働機関)が掲げる「労働は商品ではない」という原則を引きながら、発注する側も消費する側も「自分がその仕事を引き受けたらどう感じるか」に思いを馳せる想像力こそが、命と健康を守る社会の第一歩だと語りました。暑さを個人の頑張りで乗り切る時代は、もう終わったのだと思います。

まとめ
職場の熱中症は、2025年に死傷者1,803人と過去最多を記録しました。対策の義務化やガイドライン整備は進んでいるものの、工期や下請け構造という現実の前で「暑いけど休めない」現場がなお残っています。だからこそ、暑さ指数を軸にした客観的な作業管理と、「夏価格」「夏の期」のように対策コストを社会全体で分かち合う発想が欠かせません。暑さを災害級のリスクと捉え、働く人に思いを馳せることが、酷暑時代の働き方を変える出発点になるはずです。
※ 本記事は、2026年7月7日放送の NHK「クローズアップ現代」を参照しています。


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