スマートフォンにもEVにも欠かせないリチウムイオン電池を、はるかに上回る性能を持つと言われるリチウム空気電池。2026年8月15日放送の「ブレイクスルー」では、この究極の蓄電池に挑むNIMSの松田翔一さんが登場しました。なぜ軽くて大容量なのか、実用化を阻む壁は何か、そしていつ私たちの手元に届くのか。番組で語られた具体的な数字とともに、その現在地をわかりやすく整理します。
リチウム空気電池とは?「究極の蓄電池」が軽くて大容量な理由
リチウム空気電池とは、その名の通り大気中の酸素を取り込んで反応させる電池です。松田さんは番組で「大気中の酸素を使って、電池として反応するようなリチウム空気電池を作っています」と説明していました。
ポイントは、従来の蓄電池が内部に抱えていた部品を、空気中の酸素に置き換えてしまうという発想にあります。必要なものを外から調達すれば、その分だけ電池は軽くなる。しかも酸素を取り込めば取り込むほど多くの電気を蓄えられるため、「究極の電池」と呼ばれてきました。
番組内では実際に電流が生まれる様子が実演され、松田さんは「10時間ぐらいは光り続けるんでしょうね」と語っています。EVへの応用について問われた場面では、1回の充電で100キロ走れるものが2倍、5倍となり、200キロ、300キロという長いレンジで使えるようになるという展望が示されました。
*筆者が注目したのは、これが「性能を少し上げる」話ではないという点です。電池を軽くすれば航続距離が伸び、航続距離が伸びれば積む電池を減らせて、さらに軽くなる。軽量化は、性能改善が性能改善を呼ぶ好循環の入り口なのです。
充電30回の壁|リチウム空気電池の最大の課題は電解液の分解
ところが、この究極の蓄電池には、これまでにない高いハードルがあります。それが寿命です。
番組によれば、一般的なリチウムイオン電池は残量ゼロからフル充電までを1回として、およそ500回の充電が寿命の目安とされています。これに対して、松田さんが開発するリチウム空気電池はたったの30回程度。差はおよそ16倍以上です。
原因は電解液の分解にあります。電解液とは、電池の内部を満たし、充放電のたびにリチウムイオンの通り道となる物質のこと。松田さんは「充放電を繰り返しているうちに、少しずつ中の電解液が分解していってしまう」「液がどんどん分解していくと、リチウムイオンが通る道がなくなってしまうので、動かなくなってしまう」と説明します。
皮肉なのは、その原因がこの電池の主役である酸素そのものだということです。酸素を使って発電する過程で電解液が分解される反応が起き、そこで生じた物質が電極を傷めることもある。松田さんの言葉を借りれば、人間が酸素なしでは生きられないのと同じで、電池も酸素を積極的に使いたい。だからこそ「酸素に強い電解液」が必要になるのです。
1日600種類を試す自動実験ロボット|松田翔一のAI材料探索
では、酸素に強い電解液をどう見つけるのか。電解液は複数の材料の組み合わせでできており、その組み合わせは事実上無限にあります。
そこで松田さんが導入したのが、電解液を自動で作り、まとめて評価する独自の自動実験システムです。番組で映し出されたのは、小さな窪みが並んだトレー。窪みの一つひとつに配合の異なる電解液が入っており、その中で電池と同じ反応を再現します。番組によれば、一度に96種類、1日およそ600種類を調べることが可能とのことです。
この規模感は、公開されている情報からも裏づけられます。NIMSによれば、松田さんが開発したハイスループット電解液探索システムは、手作業では1日10種類しか探索できなかったものを桁違いに高速化するもので、2022年には自動実験ロボットとデータ科学の連携によって、リチウム空気電池のサイクル寿命を約2倍に向上させる電解液材料の開発に成功したと発表されています。
さらに、収集したデータはAIが分析し、次に試すべき組み合わせを提案します。その速さについて松田さんは「1分も待ちません」と語っていました。相場英雄さんが思わず「これは人がやってる時にはなかなかできん」と漏らしたのも納得です。
ビニレンカーボネート「ゼロ」の衝撃|AIが覆した電池の常識
この自動実験とAIの組み合わせが、研究者の常識を覆す結果を導き出しました。
鍵になるのがビニレンカーボネートという物質です。リチウムイオン電池の電解液に添加剤として広く使われ、電極の表面に安定した被膜をつくることで電解液のそれ以上の分解を抑える働きを持ちます。反応の可逆性を高めて性能を向上させることで知られており、リチウム空気電池でも欠かせない材料と考えられてきました。実際、システムで探索しても「いいやつはどれもビニレンカーボネートが入っている」という結果が出てきます。
ところが松田さんが驚いたのは、その先でした。ビニレンカーボネートが入っていないのに性能が良い組み合わせが見つかり、しかも入っているものより良くなるケースまであったというのです。AIが導き出した電解液に入れるべき物質を見ると、ビニレンカーボネートはすべてゼロ。AIは「必要ない」と判断したのです。
「そういうものを、そもそも試そうと思わない」——松田さんのこの一言が、この発見の本質を言い当てています。専門家であればあるほど、定説を疑う実験には手が伸びない。相場さんが「発明に近い部分もあるわけですね」と問うと、松田さんは「組み合わせという観点では発明でしょうね」と応じていました。
*AIが人間を超えたという単純な話ではないと感じます。AIは先入観を持たないだけです。それを設計し、意味を読み解いたのは松田さんたち研究者。ここを取り違えないことが大切だと思います。
リチウム空気電池の実用化はいつ?松田翔一が語る「5合目」と5年
視聴者が最も知りたいのは、この電池がいつ手元に届くのかでしょう。相場さんの「今何合目まで来ていますか」という問いに、松田さんはまずゴールの定義次第だと答えます。
たとえばエネルギー密度を高く保ったまま100回、200回の充放電を実現することを10合目とするなら、現在地は「5合目に何とか来ている」。ただし、ここから先は山と同じで酸素濃度が下がっていく、つまり難易度が上がっていくと表現していました。
具体的な時間軸についても言及があります。「どんなに都合がいいことが起こっても5年後でしょうね。どんなに我々に好都合なシナリオが組まれても5年はかかります」。実際のサービスになるまでの正直な見立てです。
進捗の実感も語られました。副反応が10起きていたものを、さまざまな手を打って5まで半減させた。それでも現実的な寿命には届かず、1、さらには0.1まで下げる必要があるといいます。半分になっても道半ば——ここに研究の厳しさが凝縮されています。
全固体電池との違いと日本の勝ち筋|世界トップと言い切れる理由
番組は電池開発の国際競争にも踏み込みました。かつて日本がリードしたリチウムイオン電池市場は、現在は中国勢が大きなシェアを占めています。巻き返しをかけて日本の自動車メーカーが力を入れているのが全固体電池。電池内部の液体を固体に置き換えることで、急速充電や高い性能を狙う技術です。
なお、その全固体電池やリチウム空気電池の性能を根本から引き上げる可能性を持つ新素材については、黒田拓馬さんのGMSと「寿命100年」全固体電池の全貌で詳しく解説しています。実はこの回にも松田さんが登場し、GMSを使えば現行のリチウムイオン電池の2倍から5倍のエネルギー密度が実現可能だとコメントしています。
ではリチウム空気電池はどうか。松田さんは「実用的な電池を作るという観点では、我々世界トップですね。それは間違いないです」と明言しました。
根拠も具体的です。松田さん自身、イギリスやアメリカの主要な研究室に3ヶ月から半年ほど滞在して共同研究を続けていますが、海外勢は新しいサイエンスやメカニズム、新材料に強い一方、実際の電池に近いものを作る領域は必ずしも得意ではない。対して日本には、リチウムイオン電池を支えてきた産業とメーカーの力の蓄積がある。だからこそ相対的な競争優位があるという整理です。
この見立ては公開情報とも符合します。NIMSは2018年にソフトバンクと共同で「NIMS-SoftBank先端技術開発センター」を設立し、携帯電話基地局やIoT、成層圏を飛ぶHAPSなどに向けた実用化研究を進めてきました。そして2021年12月には、松田さんを筆頭研究者として500Wh/kg級リチウム空気電池の室温での充放電反応を世界で初めて実現したと発表しています。現行のリチウムイオン電池は300Wh/kg程度が理論限界と推測されており、その壁をすでに実験室で越えていることになります。
「ブームに乗っちゃいかん」松田翔一が15年やり続ける理由
番組によれば、松田さんがリチウム空気電池の開発を続けておよそ15年になります。1987年東京都生まれ。小学生の頃はロボットコンテストに憧れて工作に親しみ、東京大学で応用化学を専攻しました。研究室配属では「社会に役立ってこそのサイエンス」を掲げる橋本和仁先生のもとへ。基礎に寄りすぎず実用に寄りすぎない「間」を取った結果が、蓄電池だったと振り返っています。現在は茨城県つくば市のNIMSで、電気化学スマートラボチームのチームリーダーを務め、2024年には文部科学大臣表彰の若手科学者賞を受賞しています。
印象的なのは、ブームとの向き合い方です。空気電池には第1次、第2次とブームがあり、今は何度目かのブームが終わったところだと松田さんは言います。流行らないからと全固体電池など他の電池系へ移る人がいる。しかし一度やめると研究グループは止まり、引き継げなくなってしまう。
「ブームが来た時に、ブームの先端にいる人は何かというと、ブームじゃない時にやり続けている人なんです」
焦りはないのかと問われて返ってきたのが、株の比喩でした。「株が高くなってから買うのじゃダメで、株が低い時に買う。もう全く同じ話です。周り、みんなと同じ行動しちゃいかんのですよ」。
だからこそ、ここ数年はオープンな姿勢を取っています。オープン・クローズ戦略でいえば、独自技術や知見をあえて公開して空気電池のコミュニティ自体を大きくし、次のブームを起こすという選択です。「我々だけではいくつかの山を越えていくのは厳しい」という判断でもあると率直に語っていました。
もうひとつ見逃せないのが、発想の源です。電解液を自動で検査するあの装置は、もともと微生物の繁殖実験に使われていたものでした。かつて電気を発する微生物を研究した経験から、装置を改良して電池研究に応用したのです。理系の学生へのアドバイスを求められた松田さんは「広く興味を持つ」ことを挙げ、複数のテーマを走らせていると「こことここがつながる」瞬間が来ると語っていました。
まとめ
2026年8月15日放送の「ブレイクスルー」で紹介されたリチウム空気電池は、大気中の酸素を使うことで大幅な軽量化と大容量化を実現する究極の蓄電池でした。ポイントを整理します。
- リチウムイオン電池の充電回数の目安が約500回に対し、リチウム空気電池は30回程度。原因は酸素による電解液の分解
- 1日およそ600種類を評価する自動実験システムとAIにより、常識とされたビニレンカーボネートが不要という結果を発見
- 実用化の現在地は「5合目」。どんなに好都合でも5年はかかるという見立て
- 実用的な電池を作る領域では日本が世界トップ。500Wh/kg級の実証という実績がその裏づけ
松田翔一さんが繰り返した言葉は「やり続ける」でした。ブームに乗らず、他の人が諦めても続ける。その姿勢を笑顔で語る研究者がいる限り、この究極の電池が私たちの生活に届く日は、着実に近づいていくのだと思います。
※ 本記事は、2026年8月15日放送(テレビ東京系)の人気番組「ブレイクスルー」を参照しています。
※ NIMS(物質・材料研究機構)の公式サイトはこちら



コメント